旅の記録ー世界遺産の町、カセレス


紀元前の面影を残す街並み

アンダルシア最後の町、カセレスへの移動では、セビーリャのような失敗はしまいとタクシーでも列車のチケットを突きつけ、行き先を誇示しました。お陰で定刻通りカセレスに着きましたが、ホテルのある旧市街へは、列車の駅から60kmほども離れており、タクシーを飛ばしても30分ほどかかってしまうということ。駅に到着したのが22時でしたから、もうバスも走っていません。致し方なくタクシーに乗り込み、カセレス旧市街へと向かいました。

カセレスへは、もともと一泊のみの予定でした。ですが、列車の切符を取ってみると、到着が早くて22時、マドリッドへの出発が朝9時前の一本しかないことがわかりました。これでは寝て起きたら出発になってしまう、ということで、急きょ宿泊を一泊のばし、そのかわり帰国前のマドリッドを一泊のみにしました。マドリッドのホテルではすでに2泊分払ってしまっているので、1泊分捨てることになりますが、一生に一度の新婚旅行で後悔は残したくない、と妻と私の意見が合い、延泊を決めました。

カセレスに着いてまずわかったのは、この町では英語が通じないということ。タクシーの運転手はもちろん、三つ星を冠している国際ホテルのフロントでさえ英語を話せません。そんなホテルがあるものか、と私は腹が立ちましたが、コミュニケーションをとらなければ始まらない。そこで活躍したのが、出国前に友人が教えてくれたiPhoneアプリです。それは、英語でスピーカーに向かって話しかけると、それを聞き取ってスペイン語に訳してくれるというもの。かなり高度な確率で、正確に聞き取ってくれます。これがなければ路頭に迷っていたことでしょう。友人に大いに感謝です。

それでなんとか部屋に入ると、今度はあると思って予約したはずの部屋にバルコニーもテラスもない。ヘビースモーカーの妻は「気持ちよくタバコが吸える部屋」であることを最大の基準にホテルを決めていましたので、これは由々しき問題です。すぐにフロントで例のアプリを使ってテラス付きの部屋に変えろと言いましたが、その晩はすでに満室とのこと。スタンダードルームになるが翌日なら空きが出る、と聞いて、とにかく早朝撮影ができるのは翌朝のみでしたから、割り切って寝ることにしました。

翌朝、夜明け前に起きて町へ出てみると、妻も私も度肝を抜かれました。カセレスという町が誕生したのは、紀元前25年ほどにも遡ります。そして15世紀ごろには新大陸からポルトガルへの銀の輸送の中継地点として大いに栄え、その当時の町の面影がそのまま現在まで残されています。まるでタイムスリップしたかのような錯覚を覚える旧市街は、1986年にはすでに旧市街全域が世界遺産に登録されています。朝陽が昇るとともにその姿を現し始めると、妻も私も感動してしまい、言葉を失いました。特に妻の驚きようは激しく、興奮も最高潮。連泊にして良かったと幸運に感謝した次第です。

夜明け前から日が昇り町が暖かくなるまでの数時間、お互いに撮影に没頭し、陽射しが強くなってくると一旦ホテルへ戻りました。そして昨日お願いしていたテラス付きの部屋がどんなものか見せてもらい、ちょっと狭いですがプールテラスにも面しており、妻がいたく気に入ったので、部屋の移動を決めました。日中は歩くには辛いほどの陽射しになるので、夕刻のいい時間になるまでホテルでくつろぐことにしました。私は半裸になってプールサイドでの日光浴を楽しみました。実に気持ちがよく、焼き過ぎない程度で部屋に戻り、軽く仮眠をとりました。翌日のマドリッドへの列車の中で知り合ったカメラマン曰く、この時期にこんなに暖かいことは珍しく、普通だったらもう寒い気候のはずだったそうです。これも神様の恵みでしょうか。

夕刻になり、再び撮影に出かけました。今度は別行動ではなく一緒に町を散策しながらの撮影。そして、たまたま歩いていたら高台に登っており、そこから遠く地平線に沈んでいく太陽の姿を眺めることができました。なんと恵まれていることでしょう。太陽はゆっくりと地平線の陰へ隠れて行き、その一瞬一瞬を妻と感動しながら味わいました。素晴らしい体験でした。地平線に沈む太陽を見るなど、妻には初めての体験だったようです。

そして町も暗くなり、私たちはホテルの近くの広場に戻り、ゆっくりと夕食を楽しみました。そして、それからもう一つ、妻が初めて体験したことがあります。それが、夜になって空に現れた満天の星空。天の川まではっきり見えました。天の川を直に見るのは、妻には初めてのことだったようです。妻は感動し、あたりの照明などが消えてから星空を撮影するために、徹夜までしてしまいました。

そんなカセレスの滞在は、一泊とは思えないほどの濃密なものでした。妻は「また絶対来る」とまで言い切るほど感動していました。そんな妻を見ることがこの旅の目的だったので、私も本当に嬉しく思いました。

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